世界帝国試論(その誕生・拡大・衰退) 米帝国の終焉

   世界史を通観して、さまざまな巨大帝国の興亡が、その輝かしい文明とともに大きな興味を引きます。現在、最大の世界帝国とも言うべきアメリカ合衆国は、アフガニスタン、イラクでの二つの戦争を抱え、さらに80年前の大恐慌時代の再来を危惧するような経済危機に見舞われています。次期大統領の選挙戦の最中、歴代の世界帝国と米国との比較を試みるのも、世界認識にとって、いささか有益ではないでしょうか。

▼辺境からの拡大
多くの世界帝国は、辺境から誕生しています。初代の中華帝国である秦は、中原から西方に外れた僻地でした。ローマ帝国もやはり、当時の文明の中心であったオリエント、東地中海世界から外れた辺境でした。イスラム帝国はアラビア半島の小さなオアシス都市マッカから地中海南岸さらにメソポタミア全域へ拡大しました。
モンゴル帝国も辺境のモンゴル平原から西アジアおよび中国へ進出します。オスマントルコ帝国はアナトリア半島北西の隅から地中海、東欧地域へ膨張します。ロシア帝国はモスクワ公国からシベリア、極東へ進出しました。大英帝国は欧州西外れの島国から世界へ版図を広げます。アメリカ合衆国は北米東部の植民地が独立し、西海岸さらに太平洋から世界へと展開しました。
アレクサンドロス大王の世界征服も、ギリシャの北西辺境マケドニアが出発点でした。ギリシャ全土を征服し東地中海からインダス川西岸にいたる大帝国の建設は、大王の夭折により頓挫しました。もし、有能な後継者が育っていれば、アレクサンドロス大帝国が成立していたかもしれません。

▼活力の蓄積と英雄的指導者
こうした大帝国前の辺境時代の特徴は、集団的な活力が蓄積され新たな創造性をもたらしたことにあるでしょう。辺境にあってこそ初めて、中央世界の先進文明への憧憬と、交流と、外からの批判の眼があります。やがてそうした中央文明を摂取し消化するにしたがい、それへの改革精神が芽生えてきます。
同時に民族的な中核が形成され、それをたばねる「帝王」がさまざまな形態により出現してきます。世界帝国が成立するのは、歴史の舞台に英雄的指導者が登場することが絶対的な必要条件です。始皇帝、アレクサンドロス、カイサルおよびアウグスチヌス、ムハンマド、ジンギスカン、エリザベス1世らがまさにそうした指導者でした。天才的な洞察力や想像力、カリスマ的魅力、神秘的かつ偉大さが必要でしょう。
また副官として、有能で忠実な部下たちに恵まれることも、帝国の拡大および存続の必須条件です。そうした人材の中から、帝国を引き継いで運営できる後継者や、帝国の文明を担うさまざまな人材が育つのです。有力な後継者を、政治的混乱を最小限にしながら選出する政治制度の成立が、帝国存続の第2条件です。

▼普遍的メッセージの打ち上げ
世界帝国への出発点と拡大への活力の源泉は、新たな普遍的なメッセージにあります。これまで誰もなしえなかった新機軸を打ち出すことから、帝国の拡大建設が意義付けられるのです。普遍的原理による統一と安定・平和が世界帝国の主題となります。混沌と堕落と争乱の世界を、誰にも分かる明確な原理の下に統合し、平安と繁栄をもたらすのです。偉大にして崇高な使命を提示することは、帝国建設への積極的な創造的活力の源泉となる目的意識、使命感を培養してきました。
   世界帝国にふさわしい普遍性は、その世界規模での統一にあります。言語、度量衡、通貨、法律、宗教、風俗習慣など、各地域や民族の多様性を認めながらも、共通する言語あるいは法体系を整備することが、帝国統治の必須条件です。そうした統一メッセージは、多くのひとびとに安全と繁栄の実現を保証していました。
   この意味で、キリスト教やイスラム教のメッセージ性は強烈です。原始キリスト教の布教活動は、1-3世紀の間にローマ帝国を内側から侵食し、その後欧州におけるキリスト世界を樹立しました。非武力による宗教運動の浸透ぶりは地上における「天上の王国」を成立させたのでした。これも一種の世界帝国といえます。一方、イスラム教は預言者ムハンマド存命中から、武力を伴った拡張的な宗教運動でした。イスラム教原理そのものに、他教徒への改宗を促進し、反対宗派への武力行使を積極的に奨める内容を持っています。
   さらに、20世紀の共産主義運動も、ロシア、中国、東欧などを巻き込んでマルクス主義帝国を建設する世界的な政治運動でした。その失敗の原因は、多くの挫折した宗教運動と同様に、完全無欠の高潔な人格者による最高指導部を形成できなかったことにあります。理想主義的な政治体制は、聖人君子の統治を予定しています。現実世界にそうした聖人君子はめったにいないことが、ユートピア世界は不可能におわらせています。
   この点でロード・アクトンの「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」は、歴史的至言といえます。権力を行使する統治の核心には、その支配を受け入れる側の承諾あるいはコンプライアンスが不可欠なのです。そうした多数による権力承認が、統治の正統性(レジティマシー)を保障しています。

▼偉大さの受容 帝国の拡大のモメンタム
    圧倒的に武力の格差が、帝国拡大の必要条件ではありません。帝国の拡大期にあって、武力の卓越性を必要とする局面はむしろ初期にかぎられた例外でしょう。帝国イメージの圧倒的に偉大さ、途方もなさ、福音性への共感および受容が、被征服者側に浸透することが、帝国拡大の必須条件です。
    同時に帝国運動が具現する創造的な人間活力の魅力も、多くの追随者を惹き付ける要素です。帝国の拡大期には、おおらかで開明的かつ快活な明るさが、全体的な雰囲気のなかに漂っているのが特徴です。それは、一種の革命運動に似た人間的魅力や熱情を引き出しています。それは巨大な奔流となって、すべてを飲み込み押し流す歴史の力、時勢を形成しているのです。
    帝国の拡大には、一定の力学的なモメンタムがありそうです。その要素のひとつは地理的な方向性、もうひとつは心理的動員をうながす勢いです。アメリカの西部への動き、ロシアのシベリアへの東への動き、あるいは不凍港を求めての南への動きがあります。アレクサンドロス東征は、ペルシャからインドに向かいました。大英帝国は、インドへの道をたどり、アヘン戦争で中国に達しました。
    長距離の移動あるいは遠征、旅行に伴い、精神的な高揚を感じることがよくあります。これは、人間に限らずあらゆる渡り鳥や集団移動の動物たちに共通の、ある種のDNAが存在しているためかもしれません。民族大移動とよばれる歴史上の出来事には、沸き立つような力が作用していたようです。

▼世界帝国の完成 
    帝国の完成には通常①中興の祖となるさらに偉大な指導者の存在②指導者を補佐するさまざまな人材の結集―が観察されます。地球規模に巨大化した世界帝国の中核部からは、人類に普遍的に共有される価値観が提示されます。それは、新たな文明の創造過程なのです。さらに制度的な充実が不可欠です。政治支配、情報伝達、物資や資源の開発生産や輸送分配などの実務に、あらたな技術官僚層が形成されます。
帝国の版図は、この完成時にほぼ最大となります。こうした境界の拡大は、帝国にとって大きな物質的な負担となると同時に、吸収不能な異物をさらに多く取り込んでしまいます。それは不安定要素の増大なのです。帝国の完成は即、帝国の衰退の始まりなのです。

▼帝国の衰亡
    幸福な家族がほぼ同じように似通って幸福である一方、不幸な家族はそれぞれ特徴的に不幸なのだ。このトルストイの有名な冒頭句と同様、帝国の衰亡はそれぞれ、個別の因果関係が作用して異なっているものです。しかし、それでも共通的に①既得権益の肥大化による社会的硬直性の増大②創造的活力の減退と先例踏襲の保守傾向の進行③倫理的水準の全般的な低下④人材登用の恣意的個人的な横行とトップの能力衰退あるいは人材難―が観察されます。世界帝国が自らの衰退を食い止める手段を失ったともいえます。
    そうした創造力の枯渇は、ある意味では歴史的な必然かもしれません。とてつもない偉大さが続いた社会は、その影にいつか埋もれてしまうものです。より偉大さの復活を求めてその後継者らが、過去の栄光をさらに上回るよう努力しながら挫折し敗北し、零落するのです。こうした頽廃がはびこる帝国には、それを浄化する活力が失われています。
    憂鬱なニヒリズムが、世界帝国衰亡の精神状態です。それは加齢による老衰現象との類推をもたらしています。しかし、文明が衰亡するのは加齢現象とは全く異なる、歴史的集団の病理現象といえます。
オスマントルコ帝国衰退の後にムスタファ・ケマルが、大英帝国の後にサッチャーやブレアが、つまり帝国の滅亡の後に、あらたな活力と創造性が不死鳥のように甦るのは、帝国の時代をまさに終焉させる出来事といえます。

◎大日本帝国=流産した世界帝国への道
     極東の島国で250年間の鎖国を経て、日本は開国100年足らずの間に、大清帝国を破りロシア帝国と互角に戦うほどに、急激に勢力を拡大しました。ついには米英帝国と矛を交え、大東亜共栄圏の理想を掲げて暴走した挙句、一敗地にまみれた。一時は台湾、朝鮮半島、満州、西太平洋、マレー半島、フィリピンを領有していたのが、大日本帝国でした。
鎖国政策により狭い島国に封じ込まれた民族的な力量が、半世紀足らずで世界の列強に比肩する軍事強国に成長させました。大日本帝国はまさに、極東の辺境から世界に撃って出た世界帝国の卵だったといえます。
      しかし、本物の世界帝国となるには、いくつかの条件が欠けていたようです。そればかりか、致命的な欠陥を抱えていました。全く足りなかったのは、世界を魅了する新思想であり英雄的指導者でした。致命的な欠陥は、神州日本を呼号して担ぎ上げた絶対天皇制でした。エスニックでローカルな天皇制原理は、世界に通用するはずがありませんでした。逆に、多くの民族主義運動により拒絶されたのです。さらに日露戦役まで数多輩出していた軍事的天才たちも、太平洋戦争に突入する前から、2級以下の官僚指導層により追放され払底していました。
      1945年8月15日の終戦とともに、大日本帝国運動は新たな目標を設定します。大砲を撃ち合う戦争から、ドルを相手に経済戦争に宗旨変えしたのです。戦後の復興から経済大国への道をまっしぐらに突入し、1980年代末までに世界第二の経済大国を成立させ、日本製品はまさに世界を席捲したのです。
しかし、やはり世界帝国としての条件は決定的に欠いていました。帝国としての世界に通用するメッセージもなく、指導的人物にも欠いていました。明治初年にあれほど輩出していた軍事的、政治的、文化的英傑たちは、一体何処にいってしまったのでしょう。結局そうした人物を鑑定し、きっちりと指導的地位に抜擢する国家的システムが、明治の終焉とともに崩壊してしまったようです。
      
◎巨大帝国終焉の世紀=米大帝国の衰亡 
21世紀では、世界帝国の時代がもはや終焉しました。支配的な巨大文明が終わりつつあることを感じています。軍事的覇権主義は、9・11連続テロの反動として米国をアフガン戦争、イラク戦争への失敗へと導き、それとともに終わりつつあります。世界はより多様な、さまざまな価値が並存する一種の混沌状態へ突入しつつあるようです。
一方、虚妄な狂信主義がなおも、この世界に根強く勢力を伸張しながら、人間を貶めている現実があります。狂信主義集団から狂信中毒の自爆テロリストが、培養され輩出されています。この攻撃対象にされてしまった米国は、この主要組織アルカイダ集団を、国家安全保障上の公敵として、これに軍事攻勢をかけています。しかしそうした戦争が、多くの宗派勢力が米帝国主義国家への攻撃を、公然非公然と支援する理由となっているのです。
米国は唯一の世界帝国として、圧倒的な経済力、軍事力を保持し、その大きな力をアフガニスタンおよびイラクの反米勢力の一掃に傾けています。しかし、武力攻撃によるテロリストの殲滅活動は、過去7年以上におよぶ対テロ戦争の泥沼化により、不可能であるばかりか、逆効果であることが明らかになりつつあります。
世界帝国としての米国は、帝国としての世界メッセージを発信する能力が、9・11およびその反撃としての戦争を通じ、大きく損なわれました。戦争の理由として持ち出した、テロとの戦争も、民主建設の主張も、結局は米国一国というより現政権を支えたネオコン集団のみの勢力維持と安全確保にあったようです。キューバのグアンタナモ基地やイラクのアルグレイブ刑務所でのテロリスト容疑者らへの拷問や虐待、理由のない無期限拘束などは、米国が掲げる民主主義、人権尊重の国是とは真っ向から背反しています。
ブッシュ現大統領自身、帝国支配者としてカイサル的英雄とは程遠い、二流以下の指導者です。後継者となるオバマ、マケイン両候補とも、その人材ではなさそうです。超越的な知性も人間としての魅力もありません。米帝国は実のところ、幻影の帝国だったのでしょう。その幕を実際に引いたのは、サブプライムローン問題でした。米国流の自由市場経済の枠組みが、石油高騰、食糧危機など世界的な破局を広げています。
さらに、今回の金融危機による経済の急激な衰退、政治的な暴走の果ての混乱、内向きの世論、さまざまな社会病理現象の拡大は、帝国の衰亡現象そのままです。世界は、さらなる浮動と模索の時代に入ったのでしょうか。

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