軍事クーデター後のエジプト情勢 未完の「アラブの春」

エジプトの民主革命は、新たな混迷の時を迎えたようです。7月3日の軍事クーデターは、ムルシ大統領の退陣を要求していた民主要求勢力の大半が歓迎しています。一方、大統領の支持基盤であるイスラム勢力のムスリム同胞団は7月5日に大規模なクーデター拒否とムルシ復権のデモを呼びかけ、既に各地の衝突でかなりの死傷者が発生しています。今後、エジプト情勢のカギとなるのは、権力を奪取した軍部とムスリム同胞団との抗争がどのように展開するかにかかっています。

筆者の見立てでは、ムルシ政権の失政により勢力を後退させたムスリム同胞団は、広い大衆的な支持を得ている軍部に対し、政治的あるいは軍事的に対抗することは極めて難しく、その政治的な影響力をかなり後退させるのではないでしょうか。この稿では、軍事クーデター後のエジプト情勢について論述します。

▼政治的無能を証明

半世紀以上にわたりムスリム同胞団は、ナセル、サダト、ムバラクと三代続いた軍出身大統領の治下で、政府の弾圧に対抗しながら非暴力的な健派路線により、学校や病院の経営や慈善事業などで穏幅広い支持層をひろげてきました。「アラブの春」を契機に、初の民主的選挙により思いがけなくも、政権の座を射止めたのです。

しかしムルシ政権の一年は、その政治的な無能を証明した一年でした。軍トップ更迭など軍部と対決し、イスラム色の強い憲法草案を導入するなど強引な政策を進める一方で、国民的な政治統合の強化、経済の回復、治安の維持、民生の改善にはことごとく失敗したのです。

カイロの解放広場を埋めたムルシ退陣を叫ぶ群衆は、二年前にムバラク追放を叫んだ民主勢力の再現でした。この背景には今年6月、トルコ各地で暴発した穏健派イスラム政党を基盤とするエルドアン首相の退陣を要求する反政府デモの影響もありそうです。そこには、イスラム神権政治への傾斜に対する世俗的あるいは民主的な民衆による拒否反応という共通項があります。

エジプトもトルコと同様に19世紀以来、西欧近代文明の影響下にあり、イスラム的な保守世界から西欧流の近代社会への脱皮を図ってきました。もっとも早くから西欧近代がおしよせていた中東国家といえます。過度のイスラム復古の動きには、きわめて強硬に反発してきた歴史があります。その代表格が、両国における軍部なのです。

▼近代世俗勢力としての軍部

19-20世紀にかけて発展途上国の多くは、軍事独裁国家となる傾向がありました。軍若手将校団を中心とする軍事エリートたちは、途上国の最有力の政治勢力といえます。彼らは遅れた祖国の近代化、西欧化への強い救国的な意欲を持ち、西欧流の合理主義者となりました。つまり保守的な宗教勢力とは一線を画す世俗勢力なのです。

近代国家の模範的なエリート軍人は、宗教的な熱狂や狂信には極めて強い警戒心を持ち、軍内部にそうした勢力が増殖するのを徹底的に排除する傾向があります。エジプト軍トップも、ムスリム同胞団には極めて強い警戒感および反発があります。(この逆の日本帝国陸軍の高級将校たちの神がかり的な天皇崇拝は、興味ある研究課題といえます)

さらに軍事エリート達は、経済的な権益を独占する大農場主や商工業主に外国資本と提携することで権力基盤を強化してきました。その間軍部は軍事防衛にとどまらず、経済、民生など周辺部門でも強大な影響力を保持し、その軍事力と合わせて最大の政治勢力のひとつとなっています。途上国における軍部とは、軍事、経済、政治の複合体であり、ある種の安定勢力といえます。

この点は、エジプトもトルコ、シリア、ヨルダン、アルジェリアなど中東北アフリカ諸国と共通しています。さらには中国、ミャンマーやアフリカ、ラテンアメリカ諸国なども軍部の政治的な伝統が健在です。政情不安や危機状態には、軍事クーデターにより政権を奪取して安定を回復するのが途上国の多くで日常茶飯事として繰返されてきました。(政権担当者がこうした軍部の専横を抑止するには、そのトップ人事権を確保し、高級軍人を定期的に更迭し、政治的影響力を許さないことに尽きます)

▼同胞団の非武装主義

軍事クーデターによるムルシ大統領の解任という危機的な事態に直面したムスリム同胞団は、きわめて困難な選択を迫られています。イラン革命の際のイスラム革命防衛隊のような軍事組織を持たず、ホメイニ師のようなカリスマ指導者も不在の同胞団としては、圧倒的に強力な軍事組織力を備えるエジプト軍と正面から軍事対決すれば、たちどころに粉砕されるでしょう。

とりうる対抗手段としては、非暴力的な大衆動員の抗議運動しかありません。しかし、ムルシ政権の失政により、大衆動員は極めて限定的な成果しか上がらないでしょう。同胞団の支持基盤の貧困層にも、ムルシ政権への失望がひろがっているはずです。ムルシ政権再登場の可能性はないでしょう。

こうした状況で一部のイスラム過激分子が暴走して、軍・政府機関への自爆攻撃や外国人観光客襲撃など、かつて同胞団から離脱したイスラム原理主義勢力のようなテロ攻撃の挙にでることも懸念されます。しかしそうなれば、イスラム勢力への内外の支持は一気に崩壊しかねません。

ムスリム同胞団にとって今回の軍事クーデターの教訓は、政権を奪取しても国家運営の現実的なプログラムとその実現能力がなければ、大衆的な支持を失うばかりか、政権からの追放という厳しい事態を招くというものでした。近代化課程に深く突き進んでいるトルコもエジプトも、イスラム主義一色の原理を追求実現しさえすれば、すべての課題は達成されるという単純なものではないことを学んだはずです。

それはムバラクに続いてムルシを追放した民主化運動についても同様です。独裁者を追放し、無能な強権発動者を追い落としたことに成功しただけでは、どこにも社会的な成果はあり得ないのです。その後に、どのような新国家、新しい社会を築いていくか、国家的な論議と選択が不可欠なのです。

▼未完の「アラブの春」

その意味からも、エジプトにおいてもそのたのアラブ諸国においても「アラブの春」は終わってはいないのです。ようやくその端緒についたばかりです。独裁者ムバラク大統領を追放には一応の成果を上げた民主勢力には、大きな欠陥がありました。ムバラク後の民主国家建設の有効なプログラムも、それを実現する機能的な政治組織もリーダーシップも不在でした。

ムスリム同胞団の政権奪取は、いわば漁夫の利にすぎません。しかもムルシ政権は、若者達の民主革命にむけた夢や期待をことごとく裏切ってしまいました。あまりにもイスラム主義を全面に打ち出して、強引な政権運営に終始したことが、民主勢力と同時に軍部からの反発を招いてしまいました。選挙で選出されたとしても、それが民主主義体制の完成ではないのです。国民的な統合に失敗し正統性を喪失した政権は、たちまち崩壊の危機に直面するのです。

エジプト軍部にしてもムバラク時代の残像以外に、独自の明確な国家像あるいは政治プログラムを持ち合わせているとは思えません。民主化へのロードマップを表示するのが、精一杯のところです。軍部に求められている当面の課題は、国内の対立を解消し、和解と安定に向けての平和的手段による政治的移行期間の整備といえます。この課題は、新しい政治指導者として頭角をあらわす絶好のチャンスでもあります。

エジプト国民はこの危機的な時点でようやく、自らの責任においてこれからの国づくりという課題に直面することになっています。熱狂と憎悪の悪循環を断ち切り、冷静かつ理性的に話し合いを始めるべきでしょう。

独自の伝統、文化、地政的環境に根ざした国家の将来像の模索が始まろうとしています。ナイル川に栄えた7000年の輝かしい文明を資産とするエジプトは、世界に向けて新しい国家モデルを提示する義務と権利があるはずです。

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